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不当な「いじめ」にはトコトン立ち向う。~その二~

「いじめられっ子」だった私にも問題は確かにあった。

のろまで、引っ込み思案で、弱虫の泣き虫で、本ばかり読んで上手く人とコミュニケーションのとれない子供だったからだ。

けれど、寄って集って殴られたり、ノートに「死ね」(ある意味デスノート?)だの「最低」だの書かれる筋合いは無かった。

Uはいつも先頭を切って私を殴っていたし、皆を扇動していたのも彼だった。

彼がいなかったら、あんなに惨めな思いをしなかったかもしれなかった。

そして、中学に入っても、Uが蛇のように嫌われているという噂をよく耳にした。

もう、卑怯ないじめに付き合うのは真っ平ごめんだったし、あんな下劣な輩から逃げるような真似は死んでも嫌だと思った。

「相手がやる気なら、受けてやろうじゃないか。皆が見てるリングに引き摺り出してやる。負け戦なんかするもんか。」

私はクラスメートの中にUの顔を見つけた時、腹を括っていた。

*****

さて、翌日。

教室に入ると、Uとその仲間がニヤニヤとしている。

見ると私の机が通路の真ん中に置かれてある。

あー、ハイハイ、なるほどねとそのまま席に着いた。

するとUは「バカ」だの「死ね」だの言いながら、益々私の机を通路に蹴り出した。(ホントにガキである)

私は逆らわず机と一緒に移動した。

ホームルームの時間が近づいてくると、Uは「オイ、机戻せよ。S(担任の事)にお前、殴られるぞ」と言い出した。

担任は男性教師で揉め事を面倒くさがり、すぐ体罰におよぶタイプだったので、生徒の間では人気は無かったが怖がられていた。

Uの言葉に耳を貸さず、そ知らぬ顔で同じところに座り続けた。

暫くして担任が教室に入ってると案の定、私の席を見て「何やってるんだっ!!」と怒鳴った。

「朝、登校したらU君がここに動かしてました。さっきまで、彼が『死ね』なんていいながら、蹴飛ばしていたから最初より、右に寄ってますけど。」と言って昨日、席を代わったYさんに「Yさん、そうでしょう?」と私は同意を求めた。彼女はしぶしぶ「そうです」と答えた。(後で巻き込んで悪かったと謝っておきましたけどね)

担任は「あー、もぉ分かったから。兎に角、机を戻せ」と私の机を動かそうとした。

私はすぐさま机を抱え込み、「U君が私にちゃんと謝罪して、自分の手でこの机を元に戻さない限り私は絶対にここから動きません。そうでないと筋が通りません。」と言い張った。

ここで担任に殴られても構わなかった。もし、殴られたらサッサと帰宅して、出るところに出てやると思った。(母も闘いたがってるしね~)

担任は根負けしたらしく、仕方ねぇなぁ~と言う感じでUに「G(私)に謝れ」と言った。

Uは唖然としていたが、小声で「すいません」と呟いた。

担任はこれで気が済んだだろうと言ったが私は気に入らなかった。

「彼の謝罪は口先だけです。私にちゃんと頭を下げて、自分の手で机を戻さない限り私はここから梃子でも動きません」と言った。

Uは目を丸くしたがクラスの連中が見てる中、私に深々と頭を下げ謝罪した。

数年前、教師の目の届かないところで散々殴り泣かしてきた相手に公衆の面前で頭を下げるのは、彼にとってなかなか屈辱的なことだったろうが、私はそれを狙っていたのだ。

相当口惜しかったらしくUは小声で「くそっ。後で殴ってやる」と性懲りも無く呟いた。

すかさず、私は

「先生、U君が後で『殴ってやる』なんて言ってます。私は何も悪いことをしていないのに。私は彼に今まで散々いじめられてきて親も彼に良い感情を持っていませんから、もし何もしていない私が殴られでもしたら学校に怒鳴り込んできて大騒ぎになると思います。先生もそのつもりでいて下さい。」と聞こえよがしに言った。(これを言うために予め母に承諾を得ておいたわけです)

「Uっ!!面倒を起こすな!!」と担任は一喝し、Uは不機嫌そうに口をつぐんだ。

ホームルームが終わり、担任が教室を出ると私はUに言った。

「これから言うことをちゃんと覚えておきなさいよ。

アンタが下らないチョッカイをかけてこなかったら、私は他のクラスの連中にたいするのと同じ態度でアンタに接する。

けど、もしアンタ達(Uとつるんでいる不良連中も傍にいたので、その連中を睨みながら)が、下劣ないじめを私に仕掛けてきたら全身全霊をかけてとことん付き合ってやる。

私はね、殴られるのなんて怖くないのよ。うちの母に殴られてるからね。(これは事実。母は武闘派ですからねぇ~。怒るとそりゃもぉハンパじゃなかった。)

もし、アンタ達の誰かが私を平手で殴ったら、筆箱で殴り返してやる。

ゲンコで殴ったら、椅子で殴ってやる。

それでも止めなかったら、アンタ達の名前を全部遺書に書き残して、手を出した誰かさんの家の前で頚動脈を切って自殺してやる。(今、思い出しても結構、大胆な事言ってるなぁ~。我ながらこれはムチャクチャですね。言いすぎ・・・)

ここを切るとね(と言って耳の後ろあたりをポンポン叩いて見せた)、血が物凄い勢いで飛び出すらしいから、辺り一面は血の海になるね。きっと。(ここらへんは夏目漱石の「心」で知った)ま、ほぼ即死らしいんで私はあんまり苦しまないし、派手な死に方だから結構な騒ぎになるね。

うちはいいんだよ。別に。なんて言ったって『被害者』だから。(とは到底思えない言い草)

でも、アンタ達はどうかな。高校受験、就職、結構響くんじゃぁない?もし、あの世ってのがあるならあの世から高みの見物をさせてもらうよ。ある意味楽しみだね。

いい、売られた喧嘩は買うからね。買ったからには全身全霊をかけて戦うからね。

仕掛けるなら、そのつもりで覚悟してきないさいよ」

・・・卒業までの2年間、私は平穏に暮らしました。

*****

と、まぁ・・・・随分とオーバーな事を言っていましたね。我ながら恥ずかしいな・・・でも、ホントに言ったんですけどね。やれやれ。

性悪Uと不良仲間が相手なんで、最初から派手にガツンと宣戦布告しようと思ったんですが今、思い返して見ると、我ながら如何なものかと思いますね・・・・。自分を守るためなんですが。

中二のくせに結構、えげつない事言ってるし。こういうのを恫喝するっていうんです。私のお腹の中は真っ黒で黒光りしているのでございます。

まぁ、最初のうちは小競り合いみたいなものもあって不良連中の一人が後ろから蹴ってきたり、足を引っ掛けようとしたりしてたので、その都度「何、コソコソやってるのよ!この卑怯者がっ!!正々堂々とかかってこい!」と怒鳴り、相手の机を蹴飛ばしたりしてましたね。最早、どっちが不良だか分かりゃしない有様でした。

女の子達は、Uだの不良連中だのが怖いから大抵、「お願い席を代わって」って言ってくるので、殆どU連中の近くに座る羽目になっていました。

最初はU連中と小競り合いを繰り返して来ましたが、「仕掛けてこなかったら、普通に接する」と断言してたので、Uが授業中答えに詰まると助け舟を出したり、忘れ物をしたら貸したりはしていました。本当は業腹だったんですが、断言しちゃったんだから仕方ない。私の沽券にかかわりますからね。

そうなると不思議なもので、U達も普通に「お前の父ちゃん、どんな車に乗ってるの?」などと普通に会話してくるし・・・私の受け答えがどうしても『怒気』を含んだものになってしまうのは抑えようがなかったんですけど、ちゃんと話すようにはなりました。

*****

人間は変われると私は思います。

確かに持って生まれたものは変わらないかもしれないけど、経験と知性を活用すれば持って生まれた本質の上に新しい自分を作り出すことが出来ると思います。

Uは私に「お前スゲー変わったなぁ。前は、すぐ泣いてバカだったくせに(ホント余計なお世話だよ)」とよく言っていました。

それに「今だって、正直バカだよ。バカだから、ちゃんと生きてくために変化してるんだ。生物はそうやって進化していったんだよ。アンタも下らないいじめなんてやめてちゃんと進化しろ。バカ」と答えていました。

「いじめを苦にして自殺」という記事を読むと、本当にやり切れません。

今だって、きっと辛い思いをしてる人がたくさんいると思います。

私が経験した事より、ずっとずっと辛い目にあってる人がたくさんいると思います。

でも、八方塞でどうしようもないと思っても、あきらめないでください。

自分の見方を変えてみたり、ちょっとだけ自分を変えてみたり、後ろめたい事(人に意地悪するとかそういったこと)がなければ堂々と前を向いて勇気を出してください。

自分自身も、自分を見る周囲の目も変わるかもしれない。

もし何かを変えることが出来たら、それはちゃんと自分の自信になるはずです。

そして何よりもあきらめないで下さい。

前フリが長く長くなったけど、夏休みが終わる前にどうしても言いたかった事はそれだけです。

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不当な「いじめ」にはトコトン立ち向う。~その一~

さて、どこにもツマラナイいじめをする輩は必ずいるもの。

あまり参考にならないかもしれませんが、私がどうやっていじめっ子を撃退したか参考までお話します。

*****

楽しくクラスメートと過ごした中一から、中二に上がった時にクラス替えがあり振り分けられたクラスは、中々不穏な感じのクラスだった。

まず、私が所属する女子達は仲良しグループを作りかけていて、しかも既に悪口を言い合っている状態。

う~ん、どうしてこうグループ作ると悪口を言い合うんだろうね。一人一人接したら、別にそう悪い子ってわけじゃないのに・・・・。

この頃、大抵の女子とは仲良くする術を知っていたのでこれはこれで鬱陶しいけど悪口合戦に参加しなければいいだけの話で問題は男子だった。

というのも小学3、4年の時に私を酷くいじめた男子がクラスにいたのである。

恐らく彼がいなかったらあそこまでいじめられる事はなかったと思うくらいの性悪だった

彼のやり口は、クラスの力のある親分にコバンザメのように取り付き、いじめ易い相手を見つけると親分をそそのかし、徒党を組んでいじめるという、まぁ在りがちなもの。(いじめの教科書5ページ目に書いてありそうだな)

今回はどんな連中と組んでるのかと思い観察していると、あまり評判の宜しくない所謂、不良連中である。

相変わらず、虎の威を借る狐をやってるんだ。まぁ、「虎」だか「ドラ猫」だか分かりゃしないけどね。クラスの中には私が一番いじめられていた頃を知っている子が女子にも男子にも結構いるし、これは遅かれ早かれ確実にいじめの標的にされるな。今度の担任はいじめとか面倒くさがるタイプみたいだし、さて、どうしようかな~と考えていると、

一人の女の子が「U(コバンザメのいじめっ子の事)の隣の席になっちゃった。どうしよう~」と嘆いているのが聞こえた。(丁度、くじ引きで席決めをしてる最中だった)

Uの奴、随分と嫌われてるな。進歩してないじゃん。と半べそかいてる女の子を見るとこれまた3、4年の時に一緒だった子である。彼女の友人たちが「Yちゃん、可哀想~」としきりと慰めていたので、だったら代わってあげればいいのになどと考えていたが、ふと思いついたことがあったのでYちゃんに「私、席代わるよ」と申し出た。

彼女は私が小学生の頃、Uに散々いじめられていたのを知っていたので、かなりビックリした様子だったが「いいの?いじめられるよ?」と言ってきた。ま、この子も私に意地悪してたんだけどね。(笑)「いいよ、いいよ。気にしないで」と言って彼女と席を交換した。

あの時のことは今でもしっかり覚えているけどUは本当に嬉しそうだった。不良連中にコソコソ耳打ちをしてニヤニヤしていた。どうやっていじめようかと話しているのは火を見るよりあきらかだった。

案の定、隣の席に着くと「バカ」だの「死ね」だのと言って、机を軽く蹴飛ばしてきた。

ま、軽くいじめの肩慣らしって感じだったので、とりあえず無視して、その日は終了。

家に帰ると母に事の顛末を話した。

母は「席代わったの??なんてお人良しなの??大丈夫??」と心配したので

「バカね。腹に一物あるから代わったんだよ。宣戦布告するなら早いほうがいいでしょう?ただもし、ちょっとした騒ぎになったら、保護者の出番になるから先に話しているんじゃない」と答えた。

それを聞いた母は目をらんらんと輝かせると

「素敵、闘うのね!お母さんもやるわっ!!」と喜んだ。(全く、もぉ本当に武闘派なんだから・・・)

*****

と、長くなってしまうので次回に続きます。

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「いじめ」はいけません!でも、自分も変わってみよう!!

ニュースを見ていて言葉を失う事件が多い。

特に子供がらみだったりすると特に。

殺人、虐待、いじめによる自殺、etc

その中で「いじめ」について、ちょっと。

「いじめを苦にして自殺」などという記事を目にすると、自殺した子の気持ちは、なんとなく分かる気がする。

私も「いじめられっ子」だったから。

小学校3、4年生の頃はそこそこやられた。

物は隠されるし、シカトは日常茶飯事だし、集団で殴ったり蹴ったりしてくるし(一人がやりだすと連鎖反応で皆がやりだすんだよね。アレって)、教科書には「死ね」だの「バカ」だの書かれるし、担任は面倒だったみたいで見て見ぬフリするし・・・

結構、ストレスだったらしく胃を悪くした。小学生で胃病みとは情けないかぎりだけど。

間違いなく「いじめ」は下劣で卑怯な行為だ。

気に入らない、自分と違う、いじめると面白いからと言って「いじめ」をするのは下衆だ。

気に入らなければ「まぁ他人から見たら自分も気に入らないとこがあるだろうし」と考えればいいし、自分と違うところを楽しめばいい。「面白いからいじめる」なんてのは論外だけど。

「いじめ」は最低の行為というのは間違いないけれど、私自身にも問題はあった

転校生、運動が全く駄目、泣き虫、引っ込み思案なうえに他人とコミュニケーションをとるのが苦手で、学校では他の子と遊ぶより本を読むほうが好き。なんて言ったらそれこそ

「いじめて下さい」と顔に書いてあるようなもんである。(いや~、ホントにね~)

そんな私でも、6年生の時には全くいじめられなくなった。

それは、率先して私をいじめていた男子がクラス替えで離れたことと(この男子とは中学2年ときに同じクラスになって、ひと悶着あったんですが、その件は次にお話します)

私自身が少しだけ変わったためだと思う。

私が変わるきっかけの一つは母だった。

最初、彼女は私がいじめられてると知ったときに「いじめられるアンタが悪い」と私を叱り飛ばしていた。

けれど、ある日私がいじめっ子共に怪我をさせられ2、3日まともに座ることが出来なくなったを見て母はこう言った。

「確かにいじめられる原因はあなたにあるかもしれないけど、ここまでされる筋合いは無い(怒)!もう、我慢しなくていい。言われたら100倍言い返しなさい。殴られたら、倍にして殴り返しなさい。ただ、決して先に手を出すな。そして、正々堂々と皆が見てる前でやりなさい。それで相手の親が怒鳴り込んできたら、私が相手の親と喧嘩するから」と。(母は基本的に喧嘩好き・・・なんだよなぁ~)

まぁ、そう言われてその頃は殴り返したりしなかったけど(笑)、いじめられたら言い返すようになりましたね。自分にやましいところがなければ何があっても、ちゃんと味方してくれる人(母)がいるから。

*****

当たり前のことですが子供が悪いことしたり、我が儘を言ったり、人様に迷惑をかける事をしたら厳しく叱らなくてはいけないですね。けれど、子供がどう考えても本当に辛い立場になった時は全力で支えるべきです。親の正しい愛情は子供にとって人生を支える柱になると思います。

親はある程度子供が一人前になるまではきちんと親でなくてはいけないと私は思います。

「友達のような親子」になるのは、子供が一人前になってからゆっくり楽しんだって遅くはないのではないでしょうか。

*****

ま、それはさておき

私が少しだけ変わるきっかけを作ってくれたのは6年の担任の先生だった。

先生は私の取るに足らない長所を見つけ誉めてくれ(他の生徒にも同じ事をしていた)、こう言った。

「これからは休み時間に本を読んじゃ駄目だ。みんなと外で遊びなさい。本を読むのは良いこと事だけどね。」と。

その頃の私は貪るように本ばかり読んでいた。

本を読みノートに悪戯描きをしている時が一番、落ち着いた気持ちでいられた。

私がいることの出来る場所はみんなのいる教室や校庭ではなくて、図書室だけだと思い込んでいた。

でも私の事をお荷物扱いしないできちんと話をしてくれるこの先生は信用していいかもと思ったので正直に「自分は鈍いから皆と遊ぶと皆の足を引っ張って今よりもっと嫌われてしまう。それが怖い」と打ち明けた。

すると先生は「大丈夫、ちゃんと出来ることがあるから」と言ってくれた。

先生はちゃんと鈍臭い私でもちゃんと仲間に入れるよう、目立たないようフォローしてくれた。

最初、怪訝そうにしていたクラスメートもいつの間にか自然に受け入れてくれるようになったし、私自身も変わった。

意地悪な子にも良いところもあるし、自分が怖いと思っていたのと同じように相手だって、本ばかり読んでる私が何を考えているのか分からなかったんだなと分かった。確かに「いじめ」はいけないけど、殻から出てこないでただ怖がってばかりの自分も良くなかったんだと思った。それに、鈍い私にもやれることだってあると気付いた。

暫くすると、先生のフォローなしで自分の役割を見つけられるようになった。もう、誰にも意地悪をされることもなくなった。ちゃんとクラスの中に自分の座る場所を見つけた。

椅子は予め用意されているものじゃなくて、自分で探してたり自分で作っていかなくては駄目なんだと分かった。

バカな私はそんな事に気づかなかったのだ。

*****

この先生には心から感謝しています。本当に立派な先生でした。

「いじめ」は本当に最低の行為だと思いますが、必要に応じて自分を変えたり他人に対する見方を変えてみたら、解決の糸口が見つかることもあるのではないかと思います。(私はラッキーだったけど)

それでも、どうしようなく意地悪な人もいるので、不当ないじめにはトコトン立ち向かうべきだと思います。

次はその話をします。(あー、えらく長くなっちゃったなぁ~)

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京都の夏、ヤモリの夏。

Aac_001 たまに行くケーキ屋さんで、夏限定マンゴーのショートケーキを買いました。

美味しかったけど、このお店の桃のショートケーキのほうが好きですね~。

毎日、蒸し暑いですね~。

暑いのはいいけど、こう蒸してるとキツイです。

夏になると思い出すのが、京都で過ごした夏。

京都は暑い。本当に蒸し暑い!夜中になっても気温が下がらない!

そしてヤモリが大量に現れる!

まぁ、たまたま私が住んでいた所に多かっただけかもしれませんが夏になると「どだっ!!これでもかっ!!」というくらい現れましたね、ホント。

1匹や2匹じゃぁないんですよ~。

窓一枚に5、6匹は張り付いていましたね。

それも大・中・小、様々な大きさのが・・・・

張り付いているヤモリを窓枠で挟まないようにガタガタ揺らしてから窓や網戸を閉めていたんですが、ある日そうやって網戸を閉めたら・・・・

頭の上に何かが落ちてきてモゾモゾと動いたのでした・・・

「もしや・・・」

と思いブンブンと頭を振ると足元に何かが落ちました・・・

案の定それはヤモリ

しかも、こっち見てるし・・・

普段、ヤモリのお腹は見てたけど正面から見たのは初めてでした。

全身が白くて黒いつぶらな瞳をしていて・・・

結構、可愛い♪

なんだかこっちを見てる様子が「あきまへん」って感じだな~。いやいや、捕まえて外に逃がそう!!

と手を伸ばすとヤモリは凄い速さで本棚の裏に逃げ込んでしまいました。

結局、捕まえられず「まっ、いいか。そのうち出て行くだろうし。ヤモリと同居はいいけど同衾は嫌だね~」とそのまま寝ました。

翌日、大学で頭の上にヤモリが乗ったんだ!とか、今はヤモリと同居中だと自慢したら

「ゴキブリは素手で潰すし、ヤモリと同居中だし・・・まるで原始人やんか」と同級生どもに言われました。

ええいっ、この軟弱者っ!!(と言っても私も凄く嫌いで苦手な生き物はいますが)

ちなみに先日、うちの母はゴキブリを素手で摘まんでおりました。(実家で)

母が言うには

「私は繊細だからアンタみたいに素手でゴキブリを潰せないのよっ!!」

小憎らしいので、ゴキブリを潰すためのティッシュを母の目の前にヒラヒラさせながら

「ゴキブリの腸にはギッシリとコケシ状の細菌が詰まってるらしいよ♪」

と豆知識を教えてあげました。

きれい好きの母はキィキィ怒ってましたね~♪

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メカマミーは自家発電だから停電は関係ないんだね~

Photo これを「メカだ!」と言い切ってしまうデタラメおおらかさがプロレスの素敵なところですね。(ホントかっ??)

メカマミーのジェットスクランダーとロケットパンチには笑わせてもらいました。

*****

今年のG1の優勝者は天山でしたね。(申し訳ないんですが、敬称は略させていただきます)

決勝に残ったメンバーを見たら、まぁ順当なところだと思いましたが・・・・

前日の金本VS永田の試合は素晴らしいもので、本当に面白かったので、

ツレと「どうせなら金本が優勝したら良かったのに」と言っていたんですけどね。

会場人気の高い金本がG1で優勝したら、座布団が飛び大アニキ・コールが起きただろうし

ジュニア選手初めてのG1制覇!!でNOAHの丸藤のヘビー越えに一歩先んじたことになったんだろうけど・・・。

紙吹雪の舞う中、同期の天山、小島が偉業を成し遂げた金本をリングの中央で祝福するという大ハッピーエンドってのも悪くないなと思ったんですがね。まっ、いいか。

NOAHでは日高&藤田組が金丸&杉浦組にベルトを奪い返されてしまいました。

私は杉浦さんのファンだから、この結果には満足していますが日高&藤田組は本当に良いタッグ・チームなので、別に日高&藤田がベルトを持ち続けても良いのではとも思いました。

ところで腐女子の影響かどうか分かりませんが杉浦さんがやたら金丸くんとの「愛」(勿論、冗談だけど・・・奥さんも子供もいるしね~)を強調してたいましたね~。

うへ~っ。(泣)

しかし、ゴリゴリの男子の愛なんざぁ~腐女子の皆さんも嫌でしょう。多分・・・

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カップラーメン下さ~い!!

Aac_015 松山にお土産で持って行ったシベールのラスク!

自分も食べたいから、自分用に購入!表参道に行ったら必ず買います。

あまりラスクは好きではないけど、ここのは特別。プレーンとラズベリーを買いました♪

*****

私は子供が好きではないんですが、別に嫌いでもありません。

「あ~、子供だ。」と思うだけです。

ただ、近寄ってくると言動が面白いので一緒に遊びます。

今回、松山ではちびっ子達がいたので朝から晩まで遊びまくりました。

なかなか、面白かったですね~。

3歳くらいまでの子供は自分の思いどうりにならないと、泣く。

あたかも現在進行形で日本が沈没しているかのように号泣します。

「大げさだなぁ~」と可笑しくて仕方ないんですが、本人はいたって真剣なので笑いを堪えるのがたいへんです。(私は動物と子供には嘘をつかない事と相手が真剣な場合は笑わないようにしています。自分の経験上、幼児だって笑われたことは結構覚えているもんですからね~)

けれど、ちびっ子の一人がオムツを替えようとしている時に

「(オムツを)替えんでいいよ~、替えんでいいよ~」と泣き喚き、唐突に

「カップラーメン下さ~い~っ!!」

と絶叫した時は思わず笑ってしまいました。

なんで今ここでカップラーメンなんだろう???オムツ替えるのとカップラーメンは関係ないだろう?

彼のお母さんはオムツを替えながら

「もぉ~、普段カップラーメンなんか食べさせたことないのに。何を言い出すやら・・・」とゲンナリしていました。

それはそうだな。こんな大声で喚かれたら、「あそこの奥さん、子供にカップラーメンばかり食べさせて・・・」なんて思われかねないもんな~。

それはともかく、幼児の頭の中はまだまだ白紙なので、豆腐(でも何でもいいけど)をフォアグラと教えたら豆腐を指差して

「フォアグラ下さ~いっ!」と叫ぶんだろうな~。

目の前で「カップラーメン下さ~いっ~!」と泣き叫ぶちびっ子を見ながら、これが

「フォアグラ下さ~いっ!」だったら、結構シュールだったりするかも♪

などと考え一人でニヤニヤしておりました。

「すいちゃん、我がままな子でごめんね~」と謝るちびっ子のお母さんに

「気にしないでね。このくらいの子供がヤンチャなのは当たり前だし、私も色々と楽しませて貰ってるし♪

と答えておきました。

さて後日、母にこの話をして「子供にお馬鹿なことを教えて、お馬鹿なことをさせたら面白いだろうなぁ~」と笑ったところ母には「この外道っ!」と怒られました。

もちろん「子供と動物には嘘はつかない」と決めているのでそんな事はしませんよ。

へへへっ♪  (「同じだ。頭の中でそう望んでいればな」 byザギ)

まぁ、小さい時からちゃんとした教育をしなくてはいけませんね。

     

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夏のフィギュアもいいもんだ。

数日間、滞在した松山から戻ってきました。

西日本は暑いですね~。

「関東は涼しいなぁ~」って思ってしまいましたよ。

親戚の子供たちと外で虫取りとかして遊びたかったのに、あんまり暑いから外に出れないし・・・残念!

あ~、川で糸とんぼとか獲りたかったなぁ~。オニヤンマやギンヤンマもいるんだろうか?

おちびさん達がもっと大きくなったらザリガニ獲りに行こう!(まだ、3歳と一歳半じゃぁねぇ~。ちと、無理)

松山では、朝から晩までおちびさん達の相手をして、戻ってから楽しみにしていた「ドリーム・オン・アイス 2006」を見ました。

勿論、村主選手、浅田選手や荒川さんも楽しみだったんですが一番のお目当ては、ステファン・ランビエール選手!!

女子シングルもペアも好きなんだけど、男子シングルも最近は好きですね。

昔の男子のコスチュームは確か大っ嫌いな「男・DE・タイツ」ってのが多くて、滑りがどうこうと言う前にウンザリしてしまい見る気が失せたものですが、最近は「パンタロン風味(変な日本語!)」の衣装が増えて本当に楽しく見れますね~。

いや~、風にたなびくコスチュームが程よく筋肉やその下にある美しい骨格を浮かび上がらせててくれますね~。(子供の頃から服のシワが好きだったなぁ~)

「タイツは嫌いだ!ノー・タイツっ!!」

と、まぁタイツの件はここまでにして、男子シングルを見るようになったのですが最近のお気に入りはランビエール選手です。

勿論、プルシェンコ選手の完璧なスケーティングも素晴らしいんですけど。(彼の場合は次元が違う気がします。トリノのエキシビジョンではあまりの贅沢さに息をするのを忘れた)

ランビエール選手の高速のスピンはため息ものです。

夏のフィギュアもいいもんですね~。

来年の世界選手権も楽しみです。

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