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「いじめ」はいけません!でも、自分も変わってみよう!!

ニュースを見ていて言葉を失う事件が多い。

特に子供がらみだったりすると特に。

殺人、虐待、いじめによる自殺、etc

その中で「いじめ」について、ちょっと。

「いじめを苦にして自殺」などという記事を目にすると、自殺した子の気持ちは、なんとなく分かる気がする。

私も「いじめられっ子」だったから。

小学校3、4年生の頃はそこそこやられた。

物は隠されるし、シカトは日常茶飯事だし、集団で殴ったり蹴ったりしてくるし(一人がやりだすと連鎖反応で皆がやりだすんだよね。アレって)、教科書には「死ね」だの「バカ」だの書かれるし、担任は面倒だったみたいで見て見ぬフリするし・・・

結構、ストレスだったらしく胃を悪くした。小学生で胃病みとは情けないかぎりだけど。

間違いなく「いじめ」は下劣で卑怯な行為だ。

気に入らない、自分と違う、いじめると面白いからと言って「いじめ」をするのは下衆だ。

気に入らなければ「まぁ他人から見たら自分も気に入らないとこがあるだろうし」と考えればいいし、自分と違うところを楽しめばいい。「面白いからいじめる」なんてのは論外だけど。

「いじめ」は最低の行為というのは間違いないけれど、私自身にも問題はあった

転校生、運動が全く駄目、泣き虫、引っ込み思案なうえに他人とコミュニケーションをとるのが苦手で、学校では他の子と遊ぶより本を読むほうが好き。なんて言ったらそれこそ

「いじめて下さい」と顔に書いてあるようなもんである。(いや~、ホントにね~)

そんな私でも、6年生の時には全くいじめられなくなった。

それは、率先して私をいじめていた男子がクラス替えで離れたことと(この男子とは中学2年ときに同じクラスになって、ひと悶着あったんですが、その件は次にお話します)

私自身が少しだけ変わったためだと思う。

私が変わるきっかけの一つは母だった。

最初、彼女は私がいじめられてると知ったときに「いじめられるアンタが悪い」と私を叱り飛ばしていた。

けれど、ある日私がいじめっ子共に怪我をさせられ2、3日まともに座ることが出来なくなったを見て母はこう言った。

「確かにいじめられる原因はあなたにあるかもしれないけど、ここまでされる筋合いは無い(怒)!もう、我慢しなくていい。言われたら100倍言い返しなさい。殴られたら、倍にして殴り返しなさい。ただ、決して先に手を出すな。そして、正々堂々と皆が見てる前でやりなさい。それで相手の親が怒鳴り込んできたら、私が相手の親と喧嘩するから」と。(母は基本的に喧嘩好き・・・なんだよなぁ~)

まぁ、そう言われてその頃は殴り返したりしなかったけど(笑)、いじめられたら言い返すようになりましたね。自分にやましいところがなければ何があっても、ちゃんと味方してくれる人(母)がいるから。

*****

当たり前のことですが子供が悪いことしたり、我が儘を言ったり、人様に迷惑をかける事をしたら厳しく叱らなくてはいけないですね。けれど、子供がどう考えても本当に辛い立場になった時は全力で支えるべきです。親の正しい愛情は子供にとって人生を支える柱になると思います。

親はある程度子供が一人前になるまではきちんと親でなくてはいけないと私は思います。

「友達のような親子」になるのは、子供が一人前になってからゆっくり楽しんだって遅くはないのではないでしょうか。

*****

ま、それはさておき

私が少しだけ変わるきっかけを作ってくれたのは6年の担任の先生だった。

先生は私の取るに足らない長所を見つけ誉めてくれ(他の生徒にも同じ事をしていた)、こう言った。

「これからは休み時間に本を読んじゃ駄目だ。みんなと外で遊びなさい。本を読むのは良いこと事だけどね。」と。

その頃の私は貪るように本ばかり読んでいた。

本を読みノートに悪戯描きをしている時が一番、落ち着いた気持ちでいられた。

私がいることの出来る場所はみんなのいる教室や校庭ではなくて、図書室だけだと思い込んでいた。

でも私の事をお荷物扱いしないできちんと話をしてくれるこの先生は信用していいかもと思ったので正直に「自分は鈍いから皆と遊ぶと皆の足を引っ張って今よりもっと嫌われてしまう。それが怖い」と打ち明けた。

すると先生は「大丈夫、ちゃんと出来ることがあるから」と言ってくれた。

先生はちゃんと鈍臭い私でもちゃんと仲間に入れるよう、目立たないようフォローしてくれた。

最初、怪訝そうにしていたクラスメートもいつの間にか自然に受け入れてくれるようになったし、私自身も変わった。

意地悪な子にも良いところもあるし、自分が怖いと思っていたのと同じように相手だって、本ばかり読んでる私が何を考えているのか分からなかったんだなと分かった。確かに「いじめ」はいけないけど、殻から出てこないでただ怖がってばかりの自分も良くなかったんだと思った。それに、鈍い私にもやれることだってあると気付いた。

暫くすると、先生のフォローなしで自分の役割を見つけられるようになった。もう、誰にも意地悪をされることもなくなった。ちゃんとクラスの中に自分の座る場所を見つけた。

椅子は予め用意されているものじゃなくて、自分で探してたり自分で作っていかなくては駄目なんだと分かった。

バカな私はそんな事に気づかなかったのだ。

*****

この先生には心から感謝しています。本当に立派な先生でした。

「いじめ」は本当に最低の行為だと思いますが、必要に応じて自分を変えたり他人に対する見方を変えてみたら、解決の糸口が見つかることもあるのではないかと思います。(私はラッキーだったけど)

それでも、どうしようなく意地悪な人もいるので、不当ないじめにはトコトン立ち向かうべきだと思います。

次はその話をします。(あー、えらく長くなっちゃったなぁ~)

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