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瞳の奥の秘密

妻を殺された時から、彼の時間は止まってしまった

ベンハミンは25年前に自身が関わった殺人事件を小説にしようとしていた。
それは結婚してまだ間もない銀行員モラレスの妻リリアナが自宅で暴行され挙げ句の果てに殺されてしまった事件だった。

かつての職場を訪れ、事件当時上司で現在は検事となったイレーネと再会し彼女にあの事件を小説にするのだと告げるベンハミン。
イレーネもまたこの無惨な事件に深く関わっていたいたのだ。

過去と現在が交差し次第に事件の核心に迫っていく。

*****

罪と罰そして25年にわたる情熱を描いた秀作である。

確実に前に進んでいる“現在”、虚しさが支配する“過去”そしてベンハミンの視点で描かれている小説という“もう一つの過去”で描かれる構成は見事だと思う。
特にベンハミンの小説として語られる過去は「ありのままの事実というより彼の主観だからはたしてこれで正しいのだろうか?」と見ている我々に思わせるためか良い緊張感が続くので、上手い作りだなと感心した。

映画の中で語られる台詞のひとつひとつが、登場人物の行動や仕草が、そして言葉よりも雄弁な彼等のまなざしが伏線となって物語を進め纏めていくのが素晴らしい。
物語というのはこうでなくてはいけない。

*****

結婚したばかりの若く美しい妻を殺された銀行員モラレスは一向に進展しない捜査とは別に自分で犯人を捕まえようと一年もの間毎日欠かさず駅を見張っていた。
「ブエノスアイレスに犯人がいるなら必ず電車を使うはずだから」と。
そしてモラレスはベンハミンにこう告げた
「犯人を死刑にする?注射ひとつで楽になるなんてとんでもない。私が望むことはただ一つ。犯人が残りの人生を虚無の中で過ごす事だけです。暴行殺人は終身刑なんですよね。」
そのモラレスのためにベンハミンはどんな事をしてでも犯人を見つけ出そうと決意し、アル中の部下ペドロとともに犯人を追いつめていく。

証拠は何もないけれどベンハミンには犯人の目星がついていた。
それはモラレスの家で目にした写真に写っていたリリアナを見つめる男ゴメス。
写真の中で決して手が届かない女性を恋い焦がれて見つめるゴメスの眼差しを見てベンハミンは彼が犯人だと確信する。

なぜなら彼もまた上司であるイレーネに恋をしているから。

けれども、上流階級出身で大学卒業したイレーネ(一方ベンハミンは高卒のたたきあげで身分も彼女と釣り合わない)にベンハミンは告白するどころか気の利いた事さえ言えずただ雄弁なその眼差しを彼女に向けるだけ。
イレーネはイレーネでベンハミンを想いを寄せながら婚約者がいるためか、ただベンハミンの告白を待っているだけだった。

社会的な立場が釣り合わないために想いを告げることが出来ない男と全ての壁を壊して男が想いを告げてくれるのを待っている女の切ないことと言ったら。

モラレスの無念を思い無茶な捜査をしていたベンハミンとペドロだがようやくその苦労が報われる日がやってきた。

ここまで見てきてアルゼンチンの司法の適当さ(犯人を捏ち上げるとか)、明らかに権限を越えた捜査をするベンハミンたちに「南米はアバウトだからかな〜」などと思ってしまいそうになったが、1970年代のアルゼンチンという国を考えるとこれは当然あることだなと気付いた。

知識の無い私(お恥ずかしいことです)はこの時代のアルゼンチンがどんな国だったか少しだけしかと言うか殆ど知らないが、とんでもない政治が行われていたことは知っている。
なんせ2万人が“蒸発”してしまう国だったのだから(今もどこぞの国でもやっているかもしれないが)。
軍事政権の元で黒も白となってしまう時代。(冷戦時代に南米であの国やらなんやらが何をしていたかなんて想像するのも恐ろしい・・・・)
そしてそれが後にとんでもない悲劇を引き起こすことになるとはこの時は想像しなかった。

いまだ駅で犯人の姿を探すモラレスの元に犯人を捕まえたと報告にいくベンハミンの姿を見てホッと安堵したのも束の間、モラレスが何気に見ていたニュース映像の中にゴメスの姿が映し出されたのだ。しかも要人のSPとして

その報告を聞いたベンハミンと彼の上司であるイレーネはゴメスを牢獄に戻すべくかつての同僚(犯人を捏ち上げてベンハミン達のいる裁判所から追出された男)の元へ向かった。
そこで知ったのはゴメスが刑務所の中で二重スパイとして活躍し、その功績により恩赦を受け出所し、その有能さを買われSPに取り立てられたという事実。
ゴメスは現政権において有能な人物とされ、もはやベンハミン達には手出しができなくなってしまったのである。

軍事政権の元、その政権を維持する為ならどんな犯罪者も悪人も利用できるものは利用する。いや、それは軍事政権だけがしていることでは無いだろう(国だけではなくどこぞの○○の大本山もきな臭い気がするのはきっと気のせい・・・)。
黒を白としてしまう権力の前では司法に携わる者でさえ無力なのだ。

そして悲劇は続く。

ゴメスのベンハミンとイレーネに対する無言の恫喝。

ベンハミンの家で殺されてしまったペドロ。

上流階級のイレーネに危害が及ぶ可能性は低いがベンハミンは違う。
権力を後ろ盾につけたゴメスにとっては格好の獲物だ。
イレーネはベンハミンを別の街に逃がし、逃亡先に新しい仕事を用意した。

社会的に釣り合わないと分かっていても諦めきれずに気持ちを打ち明けようと、それを受け入れようとしていた二人に降り掛かってきた、ペドロの死とゴメスの脅威。
「オレの人生の全てがここにあるのに」
と訴えるベンハミンを列車に乗るように説得するイレーネ。
想いを打ち明けることはないまま雄弁な眼差しを交わすだけの駅の別れ。

*****

ベンハミンが小説に書いたのはそこまでだった。

自分と間違われて殺されてしまったペドロ(ゴメスはペドロの事を知らない)に対する罪悪感、力及ばずゴメスを逃がしてしまったやり切れなさ、25年経ても消える事の無いイレーネに対する想い・・・・それらがこの小説には描かれているが確かめずにはおれないことがベンハミンにはあった。
それは観客である我々も同じだ。

ゴメスが法の網から逃れてしまったことをモラレスに告げた時に彼はこう言ったのだ。
「貴方には感謝しています。おかげでここまで辿り着けた。この借りをいつかお返しすることもあるでしょう」と。
見ている間この言葉ともう一つのモラレスの言葉がずっと気になってしかたなかった。

ベンハミンは今は判事まで出世したイレーネの協力のもと現在のモラレスの居所を突き止め彼に会いに行く。
そこでベンハミンが見たものとは・・・・

再会したベンハミンにモラレスは何度か「忘れたほうがいい」と告げる。
忘れる?リリアナとの記憶が薄れてしまうことをあれほど恐れた男が?
忘れる?いまだにリリアナの写真を飾っているのに?
モラレスは言ったではないか
「注射ひとつで楽になるなんてとんでもない。私が望むことは・・・」
と。

死刑制度についてどう思うかと聞かれれば「必要だろう」と答える。
が、「残りの人生を虚無の中で過ごさせる」ことが被害者の家族の願いならそれも刑罰としてあってもいいと思う。
モラレスのしたことを誰が責められるだろうか?
リリアナは暴行されることによって何度も心を殺され、暴力によって体を痛めつけられ、命さえも奪われてしまったのだ。
ゴメスがもたらした彼女の死は夫や彼女の家族を不幸にし、結果的にはアル中だが憎めないペドロの命も奪い、ベンハミンの人生も変えた。

「終身刑ですよね」
最後にモラレスが言う。
貴方がそれを望むのなら、それでいいのだ。
もしかしたら虚しいままの人生を送る事になるかもしれない。
でも、貴方がそれを望むなら、それでいい。

事件の行方を確かめたベンハミンはイレーネの元に急ぐ。
実は私が一番驚いたのは、事件の顛末ではなくここだった。
冒頭と小説に描かれた駅での別れを見た時にベンハミンは成就される事の無い恋を心に秘め(眼差しで気持ちは垂れ流しだが)、幸せそうな家庭を持つイレーネの前から去って行くと思っていたからだ。

ベンハミンの顔を見て全てを察したイレーネは言う
「簡単じゃないわよ」

25年の間ベンハミンはずっと想っていたし、イレーネはきちんと旦那さんや子供と向き合うだろう。
それに迂闊にもこの時の笑顔が一番綺麗だと思ったし。これはこれでいいのかもしれない。

「扉を閉めて」

25年かけてようやく扉を閉めることが出来たなと思った。

*****

切ないラストになると思っていたのに最後の最後で思わぬハッピーエンド(なのかな?)でびっくりしました。
ま、これは好みの問題でしょうね。
私は虚しさと痛みを抱えたラストのほうが心に沁みると思ったけど、それはあまにも酷いのかな?
ま、これはこれでいいのかも。
(イレーネの旦那と子供は納得できんと思うがね)

なかなかの秀作だと思います。
演出も良かったし、役者さんも良いし(ゴメスが「電車じゃなくバスを使ってる」と言った時のベンハミンの表情とか見てるとね)、細かいところもきちんと拾ってあって面白かったですね。本当に映画として良く出来てる。

あと、やっぱり知識が豊富なほうが映画でもなんでも楽しめるなと思いました。
南米の歴史などもっと知っていたらもっと楽しめたはずですから。
知識は必要ですよ、ホント。

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