海洋天堂
「大福は閻魔大王さまから逃れた。
だから、あの子の居場所がきっとあるはずだ。」
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ガンに冒され余命わずかの王心誠。
自分の死後、一人残される自閉症の息子の大福の将来を案じた心誠は小舟から大福と海に飛び込むが、泳ぎの達者な息子は足かせを解き心中は失敗に終わった。
心誠に残された時間は残りわずか。
その間に心誠がいなくなっても息子が暮らしていけるようにしなくてはならない。
感情を表に出す事も、ひとりで食事をとる事も、着替える事も出来ない息子。
仕事の合間に必死で大福を受け入れてくれる施設を探すが21歳になる彼を受け入れてくれる所は見つからない。
それでも人に迷惑をかけないように穏やかに辛抱強く振る舞う心誠。
厳しい状況の中でひとつひとつ出来るを事を探していく。
そしてようやく大福を受け入れてくれる施設が見つかる。
けれど、心誠にはまだ大福に教えなくてはならない事が残されていた。
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この映画は特に大きな事件が起きるわけではない。
心誠が大福と過ごす日常が淡々と描かれるだけだ。
「安心して逝くにはまだ教えなくてはいけないことがある」
卵をゆでる、バスに乗る、買い物をする、掃除をする・・・・自閉症の大福の前にそのひとつひとつが大きな壁となって立ち塞がる。
障害を持つ子をひとり残して逝かなくてはならない心誠の心情を想うと本当に辛い。
「そのままでいい、あの子のままで生きていてほしい・・・・」
控えめな心誠が時折口にする言葉が胸に突き刺さる。
見ている我々もそして誰よりも心誠自身が大福が大福のままで生きることが難しい事を知っているから・・・・・
それでも大福の居場所が出来たのは、多くの人の善意と優しさがあったからだ。
水族館の館長、タン校長、鈴鈴、心誠に好意を抱いている柴さん・・・・そんな人達の善意と優しさが大福の居場所を作ってくれた。
勿論、現実はそんな善意と優しさに満ちたものではない。
けれどこの作品では周囲の人殆どが二人を支えてくれる。
なぜだろう?それはきっと障害を持つ人にとって他人の理解、善意やささやかな優しさが絶対に必要だからだ。
それがなくては生きていけないから敢えて心誠と大福の周りの人達を善人ばかりにしたのだとおもう。
はじめは大福が「ひとりで生きていくために・・・」と口にしていた心誠だったが、いつしか「お前はひとりじゃない」と口にするようになっていた。
心誠がそう口にするようになったのは自分たちが周囲の人に支えられていたこと、これからも支えられていく事に改めて気付いたからだろう。
大福の居場所はなんとか見つかったけれど、いつも自分の傍にいてくれた心誠がいなくなってしまったら大福はパニックになったりしないだろうか?
変化を嫌う自閉症の彼が心誠がいない事に耐えられるのだろうか?
そう心配していたが心誠はちゃんと自分の代わりを大福のために遺していた。
「ずっと一緒だ」
そう大福に言い聞かせていた心誠。
泳ぎの達者な大福が水族館の水槽を泳ぐ。
青い水の中は天空のようだから大福が空を飛んでいるみたいだ。
水の中で大福が浮かべる表情は今は亡き父と一緒にいる時と同じ。
スクリーンがずっと霞んで見えていたけれど、エンドロールが流れる頃にはますます霞んでしまった。
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大福が水槽で泳ぐことを許している水族館の館長、病をおして心誠親子に手を差し伸べるリュウ先生、大福と仲良くなった鈴鈴、心誠に思いを寄せている柴さん・・・・
彼らの善意と支えがあるからこそ大福は大福として生きていけるのだ。
誰もが優しい・・・・その優しさが胸に沁みる。
現実はなかなかそういかないけれど・・・・
大福役のウェイン・ジャンもいいが、心誠役のジェット・リーもいい。
「キス・オブ・ザ・ドラゴン」の時の彼が好きなので、この役もとても良いと思った。
勿論アクション・スターの彼も素晴らしいが、何かを諦めたようなどこか寂しそうな目をした彼はこういった役がとても似合う。(私はトニー・レオンも同じ雰囲気を持っているように思える。インファナル・アフェアのレオンの役をリーが演じてもいいなと思った)
穏やかで控えめな心誠。
大福が7歳の時に死んだ妻のことも柴さんの自分への好意を知っていながら一歩踏み込めないことも、彼の人柄を浮かび上がらせて切ない。
優しい本当に良い映画だった。
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見終わってから、一人で見に行って本当に良かったなと思いました。
誰かと一緒だったらかなり恥ずかしかったでしょうね。
劇場内のあちこちでずっと鼻をすする音がしてたけど・・・
気持ちは分かりますよ。ええ。
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